イ ンパクト投資ネットワーク(J-IIN)は、2023年を、“カーボンからネイチャーへ” の考えのもと、自然資本・生物多様性に焦点を当て、5回に渡りWebinarを開催し、生態系(森林、海洋、農地など)ごとに、最前線にいらっしゃる、起業家・企業、投資家をお招きし、意見交換の場を作りました。
国内外から延べ200人近くの機関投資家、企業、起業家、エコシステムプレイヤーの方々にご参加いただき、ディスカッションを行うことができました。ご参加の方々、パネリストの方々には、改めて御礼を申し上げたいと思います。
その議論を振り返り、今後自然資本・生物多様への投資がどのように行われていくのか、考えたいと思います。
進行する生物多様性損失
生物多様性は現在急速に破壊されています。生物多様性が破壊されれば、自然資本は弱体化し、水・大気・土壌供給機能や環境・気候をコントロールする機能、食糧生産・付随する仕事、健康、更には人間社会の伝統・文化に至るまで負の影響を受けます。特に、気候変動は、生物多様性にも影響を与え、負のサイクルを作っています。
新しい投資の仕組やテクノロジー、ビジネスモデル、MRV (Monitoring, Reporting and Verification) プレイヤーの輩出
この危機に対抗するには、年間 7,000 億ドルから 1 兆ドルの投資が必要です。そしてこの需要は、今年J-IINがお招きした方々の実例でも分かるように、以下のような、新しい投資フレームワーク、戦略、ビジネス モデルの構築につながっています。
- 世界最大の保全NGOであるThe Nature Conservancy (TNC) は、ブルーボンドなどのような革新的な金融メカニズム促進に貢献したり、VC/PE/投銀行と協働することにより生物多様性保護・再生分野への民間資金流入を促しています。
- 世界最大の Timber Investment Managemen tOrganizations (TIMO) の 1 つであるBTG Pactual Timberland Investment Group (BTG-TIG) は、従来の森林投資の枠組みに加えて、荒廃した農地を再生することにより、生物多様性回復にも貢献するという新しい戦略を採用しており、Fairventures Social Forestryなどのように、公的制度を活用して森林保護・再生から商業的利益を目指すベンチャーも出てきました。
- Wildlife Drones や PlanBlueに代表されるデータ収集とモニタリングのベンチャーは、まだ焦点の当てられていない情報収集及びカスタマイズされた情報サービスを提供しています
- Dryad のように、発煙前の山火事検出を行うシステムを開発したり、ウニノミクスのように、海中のウニの捕獲により、藻場再生・海洋生物多様性回復に取り組む起業家も活躍しています。
- また、Trifolium Farmsなどの農業企業は、ニュートリゲノミクスを利用して再生型農業を加速しています。
- 最後に、SilverstrandやHatch Blue, Kempenなど、アクセレレーター/VC から資産運用会社に至るまで、多くの金融機関が、ネイチャー関連投資に関わるこれら新興企業・新戦略への資金提供を始めています。
自然への投資:現状と展望
気候変動と温暖化ガス排出削減への関心に比べ、生物多様性再生とそのための自然重視の解決策(Nature Based Solutions – NBS)への関心は依然低いままです。気候変動投資は推定年間1兆8千億ドル、かつ民間投資が多数を占めるのに対して、生物多様性への投資は、1,300億ドル強、民間投資はその14%に過ぎないと推定されています。
今回のパネリストの方々からもご指摘がありましたが、気候変動が二酸化炭素量でグローバルに数値化できる枠組みができているのに対し、生物多様性は、地域性・個別性が強く、周りの環境変化に敏感に反応するなど流動性が高い。加えて、遺伝子・微生物など様々な要素が関係するため、数値化するのが複雑である。また、新しい分野であるため、定義・枠組・関連データが不足しているなどの点があげられます。
このような、解決すべき懸案事項はまだ多くありますが、2023年は、Global Biodiversity Framework (GBF)が採択されてから最初の年であるにもかかわらず、自然資本・生物多様性への関心は飛躍的に拡大しています。多くのグローバル企業は、既に生物多様性の重要性を認識し、具体的な目標を設定している企業も、まだFortune 500の5%程度ではありますがすでに存在します。例えばユニリバーなどは、2030年までに、そのサプライチェーンを森林破壊・農地転換フリーにする目標を立て、透明性を担保すべく、ブロックチェーン技術を利用して記録する実験を開始しています。今後TNFDの枠組み等を利用して、様々な分野で、自然資本・生物多様性へのインパクト特定を進め、具体的な目標を立てる企業が増加していくと考えられます。
生物多様性クレジット市場も、独立の市場としてすでに試験的運用が開始され、カーボンクレジット市場での経験を持った認定機関が、それぞれの原則・枠組み作りを行なうと同時に、グローバルな原則・枠組み確立を目指す団体などが、その原案を議論しています。同時に、生物多様性・自然資本を特定・計測する技術も進化しており、生物多様性回復のみに焦点を当てたベンチャーやそれに投資を行うVCやアクセレレーターも今後ますます出てくると思われます。
日本企業のグローバルサプライチェーンを考慮すると、自然資本・生物多様性に関連するリスクやビジネス機会などのインパクトを数値化して把握することは勿論のこと、具体的な改善の目標を設定し、その達成に向けて様々な投資を迅速に実行することが重要です。そのためには、仕組み・枠組みが完全に揃うのを待つのではなく、できる範囲で行動を開始することが不可欠ではないでしょうか。お招きしたパネリストの方の、“仕組み・枠組みは常にバージョンX.0として変化し続ける。様子見をしていると遅れてしまう。”のコメントが当てはまります。
2024年も、J-IINでは、引き続き“カーボンからネイチャーへ”との考えのもと、生物多様性と自然資本をテーマに、新しいビジネスモデル、ファイナンススキーム、生物多様性クレジットなどについて、最前線で関与されているプレイヤーをお招きして議論の場を設けていこうと考えております。では、ドバイで行われるCOP28から具体的なアクションが出てくることを願いながら、皆様におかれましては、良い休日と素晴らしい新年をお迎えされることをお祈り申し上げます。